体に良いことを実践していく
わかっているようでわかっていないこと。
時間には限りがあります。
若いうちは意識しないことですが、歳を重ねていくと「もしや・・」と気付くことがあります。
それは人間はいずれ死ぬということです。
もしかしたら俺も死ぬの?ということを意識するようになりました。
そう。人生は有限なのです。
私は死ぬときに後悔しない人生を送りたいと思います。
とてもありきたりなことですが、やりたいと思ったことはすべて体験しておきたいのです。
そのためには活力や健康が必要です。
心身ともに健康であれば新しいことに果敢に挑めるようになっていくと思います。
そう思い、この前から疲労回復・ストレス発散効果の高そうな方法を本の中から抜き出してリストにしてみました。
そのリストは以下のものです。
2、14秒間、旅行した記憶を思い出す
3、SNSを1日断つ
4、LINEやメールのチェックを昼・帰宅中・寝る前の3回に限定する
5、気分転換でスマホを見ない
6、スリーグッドシングス
7、5分の瞑想を2ヶ月続ける
8、マッサージ
9、コーヒー豆の香りを嗅ぐ
10、ポリフェノールを摂る(ナッツ・ブルーベリー・ココアパウダーなど)
11、湯船に浸かる
リストを実践するために、時間を有効に活用していく必要があります。
それにはネットを観る時間をコントロールする必要があるのです。
SNSファスティングについて
ファスティングとは断食のことで、摂取することを断つ行為です。
しかし、完全に断つわけではありません。
方法としては食事の断食と同じように金輪際飲食をしないということではなく事前に決めた時間だけ、SNSの使用を完全に止めるということです。
SNSは、私たちの『現実的な暮らし』についての考え方をゆがめる。他人が本当はどんな暮らしを送っているかがわからなくなってしまうのだ。人間には他人との比較によって自分の生活を決める傾向がある。それなのに、SNSで他人のポジティブな投稿ばかり見せられては、現実的な考え方がゆがむのも当然だろう。
「超ストレス解消法」鈴木祐著(TETSUJINSYA)
ドキッとするような一文です。
恥ずかしいことですが、私はネット(ネットだけではなく本などからも)で垣間見る華やかな生活を送っているように見える人と自分を比較して、今とは違う生き方に憧れています。
このようにネットを観ることの害を知っておくのは重要かもしれません。
この「超ストレス解消法」鈴木祐著(TETSUJINSYA)で述べられていることが真実なら、SNSを控えることで現実のリアルなコミュニケーションに意識が向いて人生の満足度が上がっていくでしょう。
また「ストレスを操るメンタル強化術」DaiGo著(KADOKAWA)を読むと、気分転換にスマホをいじる行為は集中力を持続させる点では意味がなく、集中力を回復させるためには集中するより気を散らすことが必要なのだそうです。
↓「ストレスを操るメンタル強化術」
だから気分転換でネットやゲームに集中するより、ぼーっとした方が本当の休憩になるのです。
と書いておきながらも、仕事終わりの電車の中で携帯をいじり続けて結局30分経過中・・。
今日はデジタルデトックスを行う日とスケジュール帳にも書いて決めておいたのですが、仕事終わりに気が抜けて、そんなことも忘れてネットを観倒してしまいました。
人間はそもそも何かしらに依存をしながら生きていく生き物で、それなら依存を克服するよりも依存の対象を社会的に望ましいものに変えていくという発想の転換の方が容易なのかもしれません。
社会に適応できる依存先と考えると、「お金を稼ぐこと」が最も適切なのかもしれません。
平日に携帯電話を切る!!!
「空気は読まずに流れを読む 賢者のタイミング」700ニキ著(KADOKAWA)の中から実践したいと思います。
私たちは常に情報のシャワーを浴び続けています。
寝ているときですら、枕元にスマホを置き、誰かからの連絡を待っている人もいるかもしれません。
スマホ依存症、スマホ中毒です。
お風呂に入るときもトイレに行くときも、常にスマートフォンを離さず、主にツイッターを見ています。
だからこそ、自分で意識的に情報を断つように工夫しています。そうしなければ、自分と向き合うことができないからです。目的やビジョンを考えることができないからです。新しいアイデアを思いつかないからです。自分が本当にしたかったことを忘れてしまうからです。
単純にスマホの電源を切るだけでもいいかもしれません。
どのような方法でも、重要なのは、誰にも邪魔されず、他に気になることがなく、自分の内面と対話できるような環境をつくること。
「空気は読まずに流れを読む 賢者のタイミング」700ニキ著(KADOKAWA)
単純にスマホの電源を切るだけ…それなら切ってしまいましょう。
というわけで、明日はツレに会う日なので、会ってからは電源をがっつり切ろうと思います。
しかし、携帯電話の電源を切る目的は自分と向き合うことですから、理想的なスマホとの付き合い方は1人になったときに電源を切ることだと思います。
ツレに会っているときに切ったとしても彼女と向き合っているだけで、自分と向き合っているわけではありません。
というわけで、まずは仕事のある平日に携帯電話を切ってみて、その次は誰にも会う予定が無い休みの日に電源を切ってみようと思います。
我が家にはテレビも無いので、まさに無音の世界です。
私…お気付きかと思いますが友達が少ないのでございます。
友達が多い人だといつ人からの連絡があるか解らないので、なかなか電源を切ることはできないと思いますが、私の場合アッサリ切ることができるのです。
問題なのは寂しさだけです。
友達がいないからハードルは低い
話がやや逸れていきますが、友達が少ない私は、この誰といても落ち着かない性格特性に悩まされてきました。
それは社会生活を送るうえで大きなマイナスだと思っていました。
今でも人付き合いが豊かだった方が、今よりも断然世界が拡がっていた可能性があったと思っているので、そんなことを考え始めると意気消沈となってしまいます。
しかし、この頃は考え方が少し変わり始めてきました。
1人だからこそ本をたくさん読んで勉強できたし、悩みがあるからこそ何とかしようという思いがあって成長できたと思えるのです。
孤独の時間は使い方によっては、今後の私の財産になるはずです。
昔、四国のお遍路をスペイン巡礼を経験したことがあります。
お遍路を行っていた時期は携帯電話を持っていませんでした(17歳のころ)。
すると巡礼中の1人の時間に終わった後のやりたいことが頭の中にポコポコと浮かんでくるのです。
おそらく気が散るものもなかったから、自分と向き合うことができたのでしょう(ちなみに当時の私は行動力がなかったので、巡礼が終わると欲も萎んでしまったのでした)。
スペイン巡礼に関しては、肉体的な疲労と飛び交う英語が理解できない状態でした。
ということは日本にいる時より圧倒的にインプットをする機会が少なかったのですが、そのせいか歩いている最中に「言葉」が聞こえてきて、その「言葉」と私は歩きながら会話をすることがあったのです。
その「言葉」は私の未来がどうなっていくか教えてくれました。
なんてことを公言してしまうと、「頭がおかしくなった!」と思われてしまうのでここで控えておこうと思うのですが、スペイン巡礼の方が自分と向き合えたような気がします。
それは入ってくる刺激の乏しさだと解釈をしています。
暇さえあればすぐに携帯電話を触って刺激を入れてしまうので、この電源を切るという習慣は効果があると思いますし、とても大事なことだと思います。