目次
断捨離のメリット
断捨離とワーキングメモリー
昔の話になります。2年ほど前に私はDaiGoさんの「運は操れる」(マキノ出版)の中で、作業机に何も置かないメリットが書かれていることを思い出しました。
情報を一時的に保つ機能を果たすの脳の部位をワーキングメモリーと呼びます。そのワーキングメモリーには一定の容量があるそうです。
よって同時にいろいろな作業をこなしたり、選択と決断を繰り返したりするうちに、覚えられないものが増えてきます。するとど忘れが生じたり、観察力が鈍ったり、1つのことをじっくり考えることができなくなります。
つまり、ワーキングメモリーがいっぱいになると、周囲の変化に鈍感で気付く力が低下した状態になります。
しかし、同じ環境でやりくりしているにもかかわらず、仕事の出来る人と遅い人の差が生まれてきます。これはワーキングメモリーを解放するコツを身に付けているか、いないかの違いです。
ワーキングメモリーを解放するコツは、一つ一つのやるべきことを素早く終わらせ、解放するコツをつかんでるということなのです。
私が執筆などに使っている部屋には、仕事と勉強には関係のない物はいっさい置いてありません。机の上にはノートが開いたままにしてあります。ほかの選択肢がないため、ワーキングメモリーが解放されます。すると、無意識下にあって意識していなかったアイデアが浮上してきます。そこで、アイデアというチャンスを逃さず、ノートに残すことができるのです。
「運は操れる」DAIGO著(マキノ出版)
さてここで私の作業机と部屋を見返してみました。
う~ん。ごちゃごちゃしている…。机の上は若干綺麗にはなってきましたが、まだ部屋がごちゃごちゃして物が多い。クリエイティブなことができそうな部屋には見えない…。
なぜ、ワーキングメモリーに着目したかというと、2020年の初仕事で自動車事故を起こし、仕事中にも信じられないポカミスを連発した時期があったからで、その原因は睡眠不足による不注意もあったと思いますし、いろいろと意識が散漫していたことも理由かなと思ったのです。
そこでワーキングメモリーに着目して、「運は操れる」改めて読んでみたのです。
断捨離への渇望
木曜日の夜。明日は仕事。既に時刻は11時。早く寝ないと・・そう思いながらも、部屋にいて何かウズウズしてくるものがありました。
そのころ毎日ミニマリストの動画を見まくっていました。
とうとう欲求が爆発。
そして寝る時間を大幅に超えていながらも、ベット下に収めていた収納ケースを引っ張り出して一気に本を捨てることにしました。
本に書いてあることを片っ端から実践していこうと思っていながら、その本を大量に捨てたのです。
自分を型にはめることがしゃらくせぇのである。
習慣を実践する前にまずは部屋を綺麗にすることが優先だ!そう思いながら、本をゴミ袋に放り込んでいきました。
本を捨てる基準
この本はもう一度読むかどうか?
それを残すか捨てるかの価値基準としました。
人生が限られていることを悟ることができました。若い時には実はそれほど実感が無かったことです。だから、たまに年をとって老いていくということに恐ろしさを感じることもあります。
限られた人生の中で、1度読んだ本をまた読むというのはよほどの本でないとなかなか無いと思います。
処分している最中に取っておこうと思っていた本を迷いながら一冊思い切って捨てました。これでスイッチが入ったのです。
それから収納ケースに入っていた本の半分がゴミ袋に消えました。
今回のこの本を捨てる決断はとても大きかったと思います。
恐らく20冊はあったと思います。これだけではおわりません。
部屋着を処分する
本を入れたベッド下の収納ケースの隣には部屋着が2ケース分入っています。それも思い切って捨てました。
部屋着から靴下へ。そしてウォーキングクローゼットの中の服も思い切って処分しました。
たくさん服を持っていても上手に着こなすことが私にはできません。
よく考えると着やすいものや気に入ったものばかりを着ていて、日の目を見ていない服や靴下が結構ありました。
服はたくさん持っていても均等に着ることなどなく、2、3回しか着ていない服も多くあります。1年以上着ていない服どころか、購入してから1度も着ていない服すらありました。
収納ケースの空いたスペースには檜風のタンスに入った外出着を移動させて収め、その檜風タンスには床に置いてある本やアイロンなどを収めました。
床の上にあった物が確実に減っていきます。
何度も言いますが、ツレとこのさき本気で同居するなら家事を極力減らしていかないと、彼女とのパワーバランスが崩れてしまいます。
きっと仕事と家事を全て私が担う様になると思います。下手したら子供がいたらそれに子育てが加わり、ツレのお世話も入ってきます。これを真正面から受け切ってしまうとパンクしてしまうのは目に見えています。
少しでも負担を減らすためには物を減らして掃除しやすくすること。物を探すということを避け、生活で極力やることを減らす必要もあります。
どれだけミニマリストに徹して、家事労働を最小にしていくかに私は本気になっています。それが私たちが生きる道に繋がると思っているのです。
物を捨てることで気持ちが高揚してきました。なんと清々しいのだろう・・。この日は結局深夜の2時まで眠ることができませんでした…。
↓物を減らすと座敷わらしがやってきて幸運を招くらしい。
ますます処分する
後日ふたたび断捨離に着手しました。
家にある物を極力少なくする目的は、ワーキングメモリーの解放や家事からの解放だけではなく、物の取捨選択をすることで、自分にとって本当に必要な物の見極めを意識的に行い、結果的に浪費を抑えるという意図もあります。
脱衣室にタオルがわんさか置いてあるので、何着かは処分し、古くてもそこそこ綺麗なタオルは雑巾に回しました。
うちではハンドタオルがメインで使われ、大きいバスタオルはほとんど使われておりません。
だからバスタオルをいくらか処分して、ハンドタオルも厳選しました。
そして最近気付いたこと…
その数週間後。入浴後に引き出しを開けるとやけにタオルが少ない…。朝の寝癖直しの時に1回。
そして夜の入浴後にもう1枚と1日に2度タオルを使用するのですが、2、3日洗濯をしていないと「あれ?」と違和感を感じるようになりました。
あきらかに少ない…。
また少し前の暖かくなってきた時期にクローゼットから服を選んでいると、分厚いニット素材の暖かそうな服と半袖のシャツしかないことに気付きました。
服も足りない…。
処分してものを減らしていく心地よさに酔ってしまい、まさに必要なものが足りない状態になってしまいました。
このような「後先考えない断捨離」ってミニマリストの皆さんも経験されているのでしょうか?
そういえばミニマリストの方の本を読んでいると、ひとまず捨ててみて足りないと感じた時には買い直すという人を見かけることがあります。
このような挑戦と失敗を繰り返しながら、きっと自分が本当に大切だと感じるものを見極めていくのでしょう。
※しかし無かったら無いでなんとかなるもので、この記事から2年経った現在、追加しなくてもタオルや服に困ることは一度もありませんでした。
ただでは転ばない…。
我が家ではタオルを2つの引き出しに分散して収納していました。
今回の一件で、タオルを1つの引き出し内にまとめることができたのです。
そして片方の引き出しが空になったので、そこにタンスに入っていた半袖のシャツ群を全て収納することにしました。
また半袖のシャツ群が入っていたタンスの中に空きが生まれるので、床に置いてある空箱や行き場の無いものを収めることにしました。
床の上に置いてあるものが、これでまただいぶ減りました。
これでロボット掃除機のブラーバが「バタン!バタン!」と床のうえの物をなぎ倒していくことが減っていくと思います。
ひとまず断捨離
より無駄なものを削ぎ落とすための作業として、さらに断捨離を行いました。
テーブルの周辺も見直しました。
⬇︎
心得として、「迷ったときには処分する。もしまた必要になれば買えば良い」という発想は必要だと思います。
「また使うかもしれないな〜」と考えていたら、いつまで経っても物は減りません。タオルもいっときは不足したと思っても、慣れればなんとかなりました。
先のことは、ひとまず物を減らしてみてから考えれば良いのです。大抵なくてもなんとかなるものです。
続いては本棚付近の整理です。
⬇︎
床に物を置く癖があり、収納ベタなのでそこが課題です。
また本の厳選をもう少し行いたいところです。
そのほか、テーブルの上もきれいにしました。
↓私の心が荒れているのでしょうか…。
画像には残していませんが、テーブルの上の物も全て片付けました。
テーブルの上に物が無いと帰宅して部屋をぱっと見たときの印象が違ってきます。広く感じるし、キレイに見えますね。
これは部屋に占めるテーブルの面積が広いからだと思います。人の顔も髪型を変えるとだいぶ印象が違ってくるのは、顔のなかで髪が占める割合が大きいからと聞いたことがあります。それと同じ印象の変化だと思います。
ちなみにテーブルの上をつい最近購入した、この万能ウェットダスターで拭き取ると、ウエットダスターが真っ黄色に!!
そしてメルカリの発送用に購入した封筒やダンボール。過去に必要だった書類などもまとめて処分することができました。
なんども断捨離をしてきたつもりですが、繰り返すごとに新たに処分するものが出てきました。
世の中にミニマリストは多く、必要最少限の物で生活をしている人はたくさんいます。
人間は少ない物で生活ができるのです。ただ処分する労力と勇気がなくて減らさないだけなのだと思います。