社交性を身につける
信頼できる元職場の上司にツレとの付き合い方について相談しました。
僕がツレに対して理想のパートナー像を押し付けてしまうがために、そのギャップで彼女に苛立ちを感じてしまい、いさかいが絶えないという悩みを聞いてもらいました。
結論としては、ふたりの間に第3者を入れろということで、他人の目があれば苛立つことは無くなっていくということでした。
これはもっと他人に頼りなさいということで、必要とされたいという感情的な欲求をツレで満たすことの卒業を意味します。
だから今より少しでも社交性を身につける必要があるのかもしれません。
はて、どうしたら良いのでしょう‥。もっとも苦手な課題が目の前に立ちはだかっている‥。
第一歩として友達と遊ぶ
社会人となって10年以上の月日が経つものの、いまだに僕の根底にあるのは言い方が悪いのですが「ひきこもり者」としての負け犬根性です。
バリバリの大人と付き合うことに気後れしてしまうので、ひとまず週末にフリースペース時代からの気の合う仲間であるMくんと遊ぶことにしました。
コロナウィルスの罹患を恐れて僕らは半年以上も顔を合わせていませんでした。
20代前半で知り合った僕たちも気付けばすでにアラフォーです。
半年ぶりに顔を合わせて老けてるかも‥と思ったのですが、Mくんは実年齢より若いままで何も変わっていませんでした。
体を動かし寺に参る
久々に再開した僕たちは、フリースペースで毎週行われている草サッカーに顔を出しました。
社会に踏み出した直後は、週末になるとたまにこの草サッカーの場に顔を出して内心「俺は仕事をしてるんだぞ!」と優越感に浸っていたものですが、10年経つと本当にどうでも良くなってきます。
ボールを蹴る気がなかったのですが、人が全く足りないこともあってゲームに参加するように促されて、結局汗だくになってボールを蹴ったり、フリーランニングをして味方にスペースを作る動きを生真面目にしていたのでした。
そしてその足で山の中腹にある近所のお寺に出かけました。
お寺の中にあった甘味処のわらび餅がとにかく絶品です。
サッカーで汗をかいた後に、肌寒い山の中のお寺の本堂で手を合わせ、再び下界に降りてバーベキューで賑わっている川原を散歩しました。
川の上の橋から見下ろすとマットレスを敷いて日向ぼっこしている人たちがいました。
もしかしたら何かをするより、あのように自然の環境に身を置いてただぼーっとすることが幸せなことなのかもしれないと羨ましくも思うのです。
幸福のためにはお金をかける必要もなく、大それたこともする必要もない。この頃そのような考え方に意識が変わりつつあります。
楽しい休日を過ごすことができました。ひとりの時間を過ごすのも良いのですが、僕の目標のひとつは自分が幸福な人生を送り、そのノウハウを人に伝えていくことです。ということはやはりひとりが好きでも人を求めているわけです。そろそろ自分の人生に人との交流を取り込んでいく時期に来ているのかもしれません。
後日‥
暑いところから寒いところへ。そしてまた暑いところへ。お陰で3日後に体調を崩してしまいました。
Mくんも風邪気味となってしまったようです。
サッカーなんてするんじゃなかったと彼は嘆いていました。唯一良かったことは筋肉痛がきちんと翌日にきたことです。まだまだ若い!
(↓流れに身を任せることを教えてくれた本です)