元ひきこもりの内的出来事
どこまで話して良いのかわからない・・。
職場では仕事の話ができるのですが、一歩外に出た途端同僚と話すことがなくなってしまって、2人っきりになると沈黙が続いてしまいます。
昔はその黙りこくった環境が気まずいと思って話題を必死になってかき集めていたのですが、つまらない奴、薄気味悪いやつだと思われても構わないという心境になりつつあります。
これは単なる開き直りなのでしょうか?
というわけで黙っていてもなんとも思わない人が相手だったらすごく楽です。
皆そんな感性だったら良いのにと思っていると同僚が話しかけてきました。
「家に帰ったらなにしてるん?」
ブログを書くか、筋トレに行くか。家では瞑想を行っています。なんてことを同僚に言って良いものなのか?
十代の頃のひきこもり経験で私はすっかり人に心を閉ざす癖がついてしまいました。
自分の話をどこからどこまで伝えて良いのかがわからなくなってしまったのです。
コロナ禍でありながら毎日カフェに行って、ジムにも2日にいっぺんは行っています。
↓こんな体になりたい。
そのことを同僚に言って良いものか?
そして瞑想してるって少々宗教じみているので、ますます怪しいやつだと思われてしまわないか・・。
黙りこくって薄気味悪い奴だと思われても良いと言いながらも、自分の話をして気味が悪いと思われたくないという矛盾を孕んでいるわけです。
また本に書いてあることを実践しているって伝えて、「それは何のために?」と聞かれてしまうと、そこから話ができません。
より豊かな生活を送るため。そしてツレが車いす生活を送っており、彼女と一緒にいるには自分が一皮剥けないといけないから、成長を求めて実践しているって正直に話をするのは自分のことをあけすけに話し過ぎな気がします。
人との関わりを絶ってしまいその時期が長ったので、どこまで自分の話をして良いものか、その線引きがわからなくなってしまったのです。
だからほとんど自分のことを話さないと言う極端な道を突っ走ってしまいました。
そして熟慮の末にでた言葉・・。

「あっ、そうなん!コーヒー飲んでるん?本とか読んでんの?」

あっ、余計なこと言った・・。
自分の話をした後には毎回この余計なことを言ってしまった感覚になってしまいます。
ボーーっとしてるん?
私としてはこの見出しの言葉は褒め言葉で、これをやっているということは有意義な時間の使い方をしていると同義語になります。
それが「ぼーっとする」という行為なのです。
物事に集中している時より何も考えずにぼーっとしているときの方が、脳全般が活発に働いている状態となって普段では思い付かないようなアイデアが生み出されやすいそうです。
そして人間の意識はもともと物事が悪くなることを想定する傾向もあって、考えこむということは結局のところ負のループにハマっていることが多いそうなのです。
果たしてそうかな?と思うのですが、たしかに考え事をしているときは身に悪いことが起きることを想定していることが多く、あながち外れてはないのかなと思います。
だから考えることはストレスを感じる行為でもあるので、思考を止めて「ぼーっとする」することがストレス発散にもなるのです。
『幸せが無限に舞い降りる「お手上げの法則」』大木ゆきの著(大和書房)という本の中では、頭が空白状態になっていると、宇宙から無限のアイデアが注ぎ込まれて人生が好転していくということが紹介されていました。
だから「ぼーっとする」はメリットが多い行為で、とても貴重な時間の使い方になるのです。
↓スピリチュアル系の本ですが、実践内容が具体的で良書だと思います。
しかし、この「ぼーっとしている」というのは一般的な捉え方としては、暇人のやるもので生産性のない過ごし方の代表といった扱い方になると思います。
また「ぼーっとする」は、テレビを見ながら「ぼーっと・・」とか、携帯を弄りながら「ぼーっと・・」になると思います。
脳全般を活発に働かせて宇宙からの天啓を授かろうと思ったときの「ぼーっと・・」は本当に何も考えない、まさしく頭の中が空白になっている状態です。
これをやってる人間はあまりいないと思います。
「ぼーっと・・」は怠惰なイメージですが、本当はそんなことはないのです。
また、実際にやってみるとこれが難易度が高いのです。

「がははははっ!!」
このように私が「ぼーっとしている」と言うと冗談だと思って職場の同僚などは喜んでくれるのですが、頭の中に浮かんでいる「ぼーっ・・」の光景は私とあなたとでは異なるのです。
だから毎回相手の反応を見ては内心ではほくそ笑んでいるのです。嫌な奴だな・・。
涙が出そうになるぐらいに東京に行きたい
もっと、もっとぼーっとしたい!
そんなことを最近はよく考えているのですが、この前仕事中に強烈なほど旅行に行きたい願望が込み上げてきました。
東京行きたい!東京行きたい!ああ・・あの頃は楽しかったな・・。
仕事中にも関わらず涙が出そうになりました。
これまでひたすら無趣味な人生を送ってきた私が、心から楽しいと思えることを見つけたのが東京旅行でした。
コロナで自由な移動ができないこと。
また仕事柄、旅行に行って感染した場合、職場での肩身が狭くなってしまうので、緊急事態が開けても遠出ができません。
そうなるとますますかき立てられてしまうこの東京への渇望感・・・とにかく旅行がしたい!!!
夜行バスで東京に行っていたのですが窮屈で不便でもそれが楽しかった。
ずっとワクワクしていました。
鈴木祐さんの書いた「超ストレス解消法」(TETSUJINSYA)を読み返してみると、自分の過去を振り返った時に最も輝いていた時期を思い返すことがストレス発散に絶大な効果があるそうです。
そして、その思い返す時間ですが僅か14秒でも効果があるそうです。
意識してこの14秒間を毎日の生活に取り入れていこうと思います。
自分が輝いていたときを思い返すと2つあって、ひとつは昔スペインの巡礼に行ったときの最終地であるサンチアゴ・コンポステーラから日本に帰ってくるまでの間の高揚感に浸っていたとき。
このときはスペイン巡礼を達成したという万能感に浸っており、言葉さえ通じれば私はなんでもできるという感覚に浸っていました。
そしてもうひとつは30代の後半になってハマり始めた、先ほどの東京旅行。
東京に関しては輝いていたというより、本当に楽しかったので思い出すだけでも気分が盛り上がってくるのです。
14秒間を意識的に日常に取り入れなくても、上記のように旅行の思い出を自然と思い出すことがあるので、それが自然とストレス発散になっているのでしょう。
つまり何が言いたいかというと、楽しいこととして思い出せるような体験は非常に大切で、それが人生の糧になるということです。